演劇やダンスといった舞台表現をもっと身近に!新潟の魅力を発見したい!人や場所や表現をつなげたい!構成メンバーは新潟市内で活動する舞台人です。 「水と土の芸術祭2012」市民プロジェクトをきっかけに設立。2015年4月「新潟古町えんとつシアター」をオープン。
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    先週末見た芝居についての感想と決意
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      後輩の後藤が頑張って記事を書いているので私も獅子奮迅と書いてみることにします。

      すみませんが昔やっていたお勧めの1曲はついてません。
      代わりに我慢して最後まで読むと可愛いナナちゃんの写真があるのでそれを見てください。

       

      さて、つくつなの石川です。

      この週末は立て続けに3本の公演を見ました。

       

      プロジェクトB@ZANTO「鼻と小箱」

      劇団五十嵐劇場「眠レ、巴里」

      不思議少年「棘/スキューバ」

       

      まずは共通して3本に言えることは
      『観に行ってよかったな』と思えたことです。


      イヤ、もちろん五十嵐劇場と不思議少年は期待値がとても高い公演だったのですが、
      決して、ザントーさんに喧嘩を売っているわけでは無く、ほら、でてるのどうせ?(笑)後藤だし、
      (普段は役者が誰だという見方はしないですが、身内には厳しく仲良くのアンダンテなので・・・。)
      で、残党さんは良くも悪くも本人たちが楽しむことしか考えていないなぜか謎の自信に満ちた大人達による
      とんでもない公演をみせられるぞこりゃと思って乗り込んでいたのですが、
      はじまってもう一本目でもうダメでした。普通に腹筋いたくなるくらい笑いました。声を押し殺して。
      あんまりゲラゲラ笑うと市井さんとか後藤が図に乗るのも面白くねえなと思ったので押し殺したのですが、クッソ笑いました。
      最後のコント。本家なら市井さんの役を阿部サダオとか荒川良々がやるんでしょうが、 

      松尾スズキお得意のモチーフ「無垢な知的障害者」を嫌みなく笑えるものにするために、 

      市井さんにはもっと純に、僕を絶望させるほどにすごい演技を見せつけてほしかったと思うのは贅沢でしょうか。
      でも市井さんはきっとものすごくまじめに笑いを考えてやってるな、というのが伝わりました。
      そこからその考えた思考を捨てるというか、無我の境地に至ると本当に恐ろしい役者になるのだなあと思います。


      その日の夜は五十嵐劇場へ。自分も使ったこともあるし、駐車場の草刈りの思い出や、 

      いろんな公演をここで見たことの思い出が客入れ中に浮かび、とてもセンチな気分で暗転を迎える。
      そしてもう最初の暗転のフェーダー使いの官能さにさすがだなと脱帽しました。
      最近までカラクリでフェーダーをいじっていたので余計にその技術の凄みみたいのにジーンと胸を打たれます。
      演出もやはり王道ながら随所に光る職人の心。そして役者たちの魂が共鳴して震えるような演技。
      「いとうさん、僕はきっと最後に天井がバリッとひらいて、一筋の光が舞台に差し込み、役者が虚空を見上げて、、みたいなラストを想像していたんですが」
      「そうゆう疲れるのはやんない笑、イシケンやっていいよ、閉場公演vol.3で」
      「やりません」
      ええ、やりません。そこで出しゃばらないだけのたしなみは持っています。


      次の日は約200kmを移動し、仙台10Boxへ。劇王全国大会で優勝、演出者コンクールでも最優秀賞と受賞する
      熊本からやってきたの新時代のエース、不思議少年のツアー公演大千穐楽をみるためです。
      まずは棘、女優のピッピさんの腕力がすごすぎました。こんなん笑うわ、こんなん感動するわ。
      つくつなの小山さんが後ろでゾビゾビ泣いています、僕が感じたのは台詞展開の切り口の鋭さです。
      文字通り円環の舞台の円環の人生、眩暈を覚えるよう。そこに鋭く紡がれていく言葉、時間の切り取り。
      物語としてはある意味普遍的な、ウェルメイドともいえる話ではありますが、兎に角展開が鋭利です。
      あと、ああやっぱり浮気なんてするもんじゃねえなと思いました。いや、したことないけど。
      これ新潟でやってたら間違いなく今年のつくつな大賞で票を入れてました。
      立て続けにスキューバ。うまい、もうなんだ、巧い、上手すぎる。

      これもやはり展開が本当にシャープで、素敵で、優しくて、切ない。ブラボーです。


      そんな芝居の余韻に浸る暇も無く仙台から終わらない分の仕事をしに職場へ。
      そして労働、月曜日も日付超える勢いで労働。やすりがけされるわが心。
      甘ゆるい環境に流されそうになる心はあれど、こうゆういい芝居見ちゃうと思うよね。 

      やはり純粋にいい芝居を創りたいんだ俺は、誇れるような。語れるような。

       

      ちなみに、いま、私の手には抱えている台本が無い。

       

      ト、ここまで書いてハタと気がついたのだが、
      こんな状態になったのはここ数年間ない。
      少なくとも片手ではきかない年月が経っている。

      もちろんまったくの“予定は未定”状態になったわけではなく、
      ある程度のイベントや演劇大学という企画も抱えているのだが、
      ホン(公演)を抱えていない状態というのは本当に久しぶりだ。

       

      演劇大学といえば、申し込み欄に演劇経験年数というものがある。
      私の場合、19歳のときから始めたのでちょうど十年になる。

      十年!?ジーザス!何やら恐ろしい数字があっさりとでてきた。
      10年といえばおぎゃあと生まれた赤ん坊が小学5年生になって、
      単位量当たりの数とか、電磁石の仕組みを覚えるくらいだ。

       

      そんな年月を費やして、一応演劇やってますみたいな顔して、
      実のところ、俺は一体全体何をしているんだろう。
      自分の両手には何が残っているんだろう。

       

      ここ数年ぼんやりとした焦燥感をいつも抱えて生きている。

       

      例外もあるにせよ、私が出会ってきた、今後の演劇を牽引していく
      人間たちは、20代のころに頭角を現している。

      別に、東京に殴り込みをかけたいとかそんなことは考えてない。

      では、私が為したものは、…と思い返せば割と結構でてくる(笑)

      あれもやった、これもやった。ある程度の知識も蓄え、本も読んだ。

       

      ・・・が!足りぬ、足りぬのだ。

      イシケン先生なんて呼ばれてチョーシこいている場合ではない。
      私は学ぶ者だ。挑む者だ。批評される者だ。頂からの景色を見たい。

      刹那的に足を運んで、気がつけば山の上にいました、
      ということはない。樹海で野たれ死ぬが落ちである。

      私はあの山頂を目指すために今歩いているという覚悟のようなものが、
      自分を支える杖になり、ひと振りのつるぎとなる。

      今に見ていろ、僕はもっともっと力をつける。技術を磨く、本を読む。
      それは自分のため、自分の誉れのため。

       

      えんとつ村にしたって、半神にしたって、カラクリにしたって、
      本気で取り組んだから失敗したこともあり、だからそれは血肉なった。

      日々に摩耗されて、妥協点を見極める小手先技術ばかりつけて、
      結局いつも同じ結論に転がり込む総括&打上げ。
      そんな時間は無い。まっぴらごめんだ。進化の歩みを止めてはならない。

      やはり作品だ。圧倒的な強度を持った作品をつくらなければならない。

       

      と・・・

      どんなに強い言葉で決意を述べてみたって、作品がダメならダメだ。
      遊び呆けて自堕落な生活を送ろうが、創る作品が面白きゃそれでいい。

      さあ、休日なんて犬に食わせてしまおう。

       

       

       

      あら〜。ナナちゃん、おりこっこね〜。 

      Posted by : 創るつながるプロジェクト | 石川直幸 | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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